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天授庵


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秋分











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心地よい風が、

今、肌を通り抜けました


+天授庵(てんじゅあん)+

京都市左京区南禅寺福地町
天授庵(てんじゅあん)は臨済宗南禅寺の塔頭である
暦応2年 (1339) に虎関師錬が南禅寺を開山した無関普門の塔所(墓所)として建立された
戦国時代には衰退したが,慶長7年 (1602) に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興された
書院南庭は、杉や楓が鬱蒼と茂る池泉回遊式庭園で、明治時代に改修されているが南北朝時代の面影を残す

アクセス 京都市バス「東天王町」下車 徒歩15分
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光悦寺


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l'approccio











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approche











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참배 길











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ansatz











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entrance











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鷹峯にある、光悦寺さん











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今回は、中には入らず











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参道のみの撮影でしたが・・・・・











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侮るなかれ











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参道だけでも、なかなか良いオーラ出してます


+光悦寺(こうえつじ)+

京都市北区鷹峯光悦町29
北区鷹峯にある日蓮宗の寺院、山号は大虚山、親師法縁
鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)を望む景勝地である

江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615)に徳川家康がこの地を与えた
『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な土地であったという
この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった
光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある

アクセス 京都市バス 源光庵 下車 徒歩3分















圓光寺


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色模様











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残る気配と











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残る匂いが











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新しく巡ってきた気配に











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溶け込んでいく











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残暑と初秋が











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一見、攻めぎあう様に











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戯れる様に











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ゆっくり、ゆっくり











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重なっていく色模様


+圓光寺(えんこうじ)+

京都市左京区一乗寺小谷町13
圓光寺(えんこうじ)は、一乗寺にある臨済宗南禅寺派の寺院
山号は瑞巌山(ずいがんさん)、開山は三要元佶(閑室)、開基(創立者)は徳川家康

十牛の庭と呼ばれる庭園には洛北で最も古いと言われる栖龍池(せいりゅうち)と水琴窟がある
秋は紅葉の名所となり、夜間ライトアップも行われていたが、2008年以降は休止となっている

アクセス 京都市バス 一乗寺下り松町 下車 徒歩10分

地蔵院


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解禁











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「竹の寺」として有名な、地蔵院さん

以前は、撮影禁止だった十六羅漢の庭も

いつの間にか、撮影可能になっていました^^


+地蔵院(じぞういん)+

京都市西京区山田北ノ町23
西京区にある臨済宗の寺院、山号は衣笠山、本尊は地蔵菩薩 
周囲を竹林で囲まれていることから竹の寺の通称で知られている
一休宗純は幼少時、この寺で修行したと伝えられる
応安元年(1368)、室町幕府管領を務めた武将細川頼之によって創建された
頼之は碧潭周皎(へきたんしゅうこう)に帰依して出家した
当寺の実質的な開山は碧潭周皎であるが、碧潭は法兄である夢窓疎石を勧請開山としている

南北朝時代には勅願寺となって寺運も興隆したが、応仁の乱の兵火により伽藍を焼失し寺運も衰えた
江戸時代中期に中興され、江戸期には天龍寺に属した
昭和43年に独立して単立寺院となった
アクセス 阪急嵐山線「上桂」駅下車 徒歩15分

圓徳院


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残暑、お見舞い申し上げます











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影と光りのコントラストが、美しい季節となりました


P.S 

仕事がバタついています、コメント欄は閉じています


+圓徳院(えんとくいん)+

京都市東山区下河原町530
東山区にある高台寺(臨済宗建仁寺派)の塔頭のひとつ、本尊は釈迦如来
名勝庭園と、豊臣秀吉の正室・高台院が晩年を過ごした寺として知られる

この寺は、備中国足守藩主で高台院の甥に当たる木下利房が、伏見城の化粧殿を
自らの邸に移して寺としたのに始まる
寺号の圓徳院は利房の法号からとられたものである
なお、この寺に安置されている三面大黒天は秀吉の念持仏とされる

アクセス 京都市バス 祇園下車 徒歩15分

雲龍院


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変わらないもの











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それは、変わらない気持ち


+雲龍院(うんりゅういん)+

京都市東山区泉涌寺山内町36
皇室と縁の深い泉涌寺の少し奥にある雲龍院は同寺の別院で
古より写経道場として受け継がれ現在に至っている
創建は応安5年(1372)後光巌天皇による
再度の焼失再建を繰り返し、後水尾天皇より写経会に要する仏具百余点の寄付を受け再興
本尊は薬師如来、西国薬師如来四十番霊場で、徳川時代には諸方より各宗の門徒が集まり
研鑽を励んだと伝えられている

アクセス 京都駅から、市バス208号系統で「泉涌寺道」下車 徒歩12分





南禅院


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暑中、お見舞い申し上げます











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眼から涼む、緑のお中元です^^


+南禅院(なんぜんいん)+

京都市左京区南禅寺福地町86
左京区にある臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の塔頭である
南禅寺の発祥地といわれている

門前には琵琶湖疏水事業の一環として建設された水路閣が通る
亀山上皇の離宮時代の「上の宮」跡に創建される
応仁の乱以後は荒廃していたが,元禄16年(1703)に
桂昌院(徳川5代将軍・徳川綱吉の母)によって再建された
亀山上皇が自ら作庭したと伝わる池泉回遊式庭園で、新緑と紅葉の頃は絶景である
国の史跡および名勝に指定されている

アクセス 京都市バス 「東天王町」下車 徒歩12分

春光院


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a Midsummer Night's Dream

~William Shakespeare~











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ある夏の夜、

浮かび上がる夢


+春光院(しゅんこういん)+

京都市右京区花園妙心寺町42
右京区花園の臨済宗大本山妙心寺の塔頭寺院である
豊臣秀吉に仕え、後、松江開府の祖となった堀尾吉晴が、長子堀尾金助を小田原の戦いで失ったので
その菩提を弔うため、天正18年(1590年)に建立した寺である
当初の寺名は金助の戒名「逸岩世俊禅定門」に因んだ俊巖院(しゅんがんいん)である

堀尾家は三代忠晴が、大坂冬と夏の陣で徳川側に味方して功を立て、藩内の治政にも見るべきものがあったが
その忠晴が寛永10年(1633年)に病死し、嫡子がなかったため断絶した
その後、忠晴の息女が石川家に嫁いでいたことから、石川憲之が檀越になり
寛永13年(1636年)に、寺号を春光院と改称した

アクセス 京都市バス26号系統 「妙心寺北門前」下車 徒歩3分

蓮華寺


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少し、息を呑み











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眺めながら











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そして、ゆるりと息を吸い











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静かに、ゆっくりと











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息を吐く











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そして、ふたたび息を呑み











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ゆっくりと、息を吸い











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しなやかに、息を吐く











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そんな事を、繰り返していたら











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やがては、この雨も愉しめる様になるだろう


+蓮華寺(れんげじ)+

京都市左京区上高野八幡町1
左京区にある天台宗の寺院、山号は帰命山(きみょうざん)
近世初期に造営された池泉鑑賞式庭園によって知られる

高野川のほとり、かつての鯖街道(国道367号線)の京都口の傍ら上高野の地にある
しかし、もとは七条塩小路(現在の京都駅付近)にあった西来院という時宗寺院であり
応仁の乱に際して焼失したものを江戸時代初期の寛文2年(1662)に、加賀前田藩の家臣
今枝近義が再建したものである

上高野は、かつて近義の祖父、重直の庵があった土地であった
重直は、美濃国出身の武士で、豊臣秀次に仕えた後、加賀前田家に招かれた
晩年に至って得度し、宗二(そうじ)居士と号して、詩書や絵画、茶道に通じた文人として草庵を結んだ
また、仏道への帰依の念も深く、上高野の地に寺院を建立することを願っていたが、果たせずして
寛永4年(1627)に死去した
近義が蓮華寺を造営したのは、祖父の願いに応え、菩提を弔うためと考えられている

アクセス 京都交通バス 「上橋」下車 徒歩1分








天得院


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雨雲で、空に星が見えなければ・・・・・











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地上に眼を向けるのも、良いかもしれません

ほら、紫明の星が輝いています^^


+天得院(てんとくいん)+

京都市東山区本町15-802
天得院は、万松山と号し、南北朝時代の正平年間(1346~1370年)に
東福寺第三十世住持 無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した東福寺五塔頭のひとつです
その後は、衰微していましたが、中興 大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興されました

慶長19年(1614年)に東福寺第二二七世 文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住菴となり
豊臣秀吉や秀頼の五山の学僧として手厚い扱いを受けていました
そして、秀頼の請に応じ、方広寺の鐘銘を撰文することになりました
この鐘銘中に「国家安康君臣豊楽」の文字があり、家康を引き裂き豊臣家の繁栄を
願うものとして家康に難詰され、天得院は取り壊されました

桃山時代に作庭されたとされる庭園は、昭和43年中根金作師の指導により一部補修され
現在に至っています
びっしりと杉苔に覆われた枯山水の庭に
凜と咲く桔梗の青や白の花が美しく、桔梗の寺として知られるようになりました

天得院HPより抜粋
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高兄

Author:高兄
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京都生まれ、育ち

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