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龍安寺


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彩(いろどり)が、残す影











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先週、

龍安寺の石庭を、訪れました

秋が遅いこの場所も、紅葉の彩が広がっていました

そう云えば、昔から

この場所に現れる影が、好きでした


P.S

いつも「きょうと京都」を御覧頂き

暖かいコメントや、応援頂き、本当にありがとうございます

拙blog「きょうと京都」は、来年の5月で丸10年を迎えます

少し前から、考えていた事なのですが


ちょうど、10年を良い区切りとして

2020年5月で、blog「きょうと京都」は終了いたします

色々と想うところは、有るのですが・・・

京都の桜が散る頃まで

時間の許す限り、これからも京都の風景を切っていきます

blog終了最後まで

皆様に、お付き合い頂ければ幸いでございます


+龍安寺(りょうあんじ)+

京都市右京区龍安寺御陵下町13
右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院、石庭で知られる、山号を大雲山と称する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承である
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭で有名な龍安寺は
禅宗が盛んだった室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が
宝徳2年(1450)に創建した禅寺である
衣笠山山麓に位置する龍安寺の所在地は、藤原北家の流れを汲む徳大寺実能以来
徳大寺家の山荘であったところを、細川勝元が譲り受けたものである
初代住職として妙心寺5世住持の義天玄承(玄詔)を迎えた
龍安寺の開山は実質的にはこの義天玄承とされているが、義天自身は2世に退き
自分の師の日峰宗舜を開山に立てている
創建当初の寺地は現在よりはるかに広く、京福電鉄の線路のあたりまでが境内であったという

アクセス 京都市バス「龍安寺前」下車 徒歩2分
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光明院


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紅葉が、かっこいいと思ったのは

この場所が初めてかもしれません











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美しいとか、

鮮やかとか、

紅葉を表す言葉は、有りますが・・・・

やっぱり、かっこいい^^


P.S

いつも「きょうと京都」を御覧頂き

暖かいコメントや、応援頂き、本当にありがとうございます

拙blog「きょうと京都」は、来年の5月で丸10年を迎えます

少し前から、考えていた事なのですが


ちょうど、10年を良い区切りとして

2020年5月で、blog「きょうと京都」は終了いたします

色々と想うところは、有るのですが・・・

京都の桜が散る頃まで

時間の許す限り、これからも京都の風景を切っていきます

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皆様に、お付き合い頂ければ幸いでございます



+光明院(こうみょういん)+

京都府京都市東山区本町15丁目
臨済宗東福寺派の大本山東福寺の塔頭、開基は金山明昶(きんざんめいしょう)
建立は1391(明徳2)年である
方丈前の庭園は波心の庭、重森三怜の作庭として有名
池泉式の枯山水で、州浜型の枯池に三尊石組を配し、背後にサツキやツツジを
雲紋になぞらえて刈り込み、雲の上に茶亭蘿月(らげつ)庵がある

アクセス 京都市バス 東福寺下車 徒歩15分

高桐院


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再開











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約2年半の改修工事から

拝観を再開された、高桐院(こうとういん)さん

侘び寂びの世界を求め、多くの方が訪れていました


+高桐院(こうとういん)+

京都市北区紫野大徳寺町73-1
高桐院(こうとういん)は臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭のひとつである
開基(創立者)は細川忠興(三斎)、開山(初代住職)は玉甫紹(ぎょくほじょうそう)
正保2年(1645)に、83歳で没した忠興の遺言により、その遺歯が高桐院に埋葬された
以後細川家の菩提寺として庇護される

アクセス 京都市バス205番206番 大徳寺下車 徒歩10分




宝泉院


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紅蓮華











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強くなれる理由を知った











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僕を連れて進め











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泥だらけの走馬灯に酔う











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こわばる心











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もうすぐ七歳になる息子は











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好きなアニメの影響で、

LiSAさんの「紅蓮華(ぐれんげ)」ばかり、聴いています











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大原に向かった私も











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AirPodsで、紅蓮華を聴きながら











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眼の前の景色を、

眺めていました


+宝泉院(ほうせんいん)+

京都市左京区大原勝林院町187
大原にある、天台宗の寺院の一つである、観光地としても著名な三千院の参道奥にある
大原寺(勝林院)の僧坊の一つとして、長和2年(1012)に創建されたものである

庭園として盤桓園(立ち去りがたいという意)、鶴亀庭をもち、盤桓園には樹齢300年の沙羅双樹の木が茂る
樹齢700年の「五葉の松」も観光客に人気がある
こちらは京都市指定の天然記念物に指定されている、また、坊内にある「血天井」は
関ヶ原の戦いの前哨戦となった伏見城の戦いの際に徳川家臣鳥居元忠以下数百名が
自刃した伏見城の床板であり、その霊を供養するため天井板としているものである

アクセス 京都交通バス 大原(終点)下車 徒歩15分













天龍寺


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戯れる











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光りと戯れる

影と戯れる

麗しい景色と、戯れる

P.S

仕事が少しバタついています

コメント欄は閉じています


+天龍寺(てんりゅうじ)+

京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68

右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町にある、臨済宗天龍寺派大本山の寺院
山号は霊亀山(れいぎざん)、寺号は詳しくは天龍資聖禅寺(てんりゅうしせいぜんじ)と称する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利尊氏、開山(初代住職)は夢窓疎石である
足利将軍家と桓武天皇ゆかりの禅寺として壮大な規模と高い格式を誇り、京都五山の第一位とされてきた
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

アクセス 京福電気鉄道(嵐電) 「あらしやま」下車 徒歩5分

鹿王院


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眠りと目覚めの呼吸











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緑が、だんだんと紅く染まりゆく、この季節

この光りが好き、

この空気が好き

だから、早起きしたくなる^^

P.S

仕事が少しバタついています

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+鹿王院(ろくおういん)+

京都市右京区嵯峨北堀町24
右京区嵯峨北堀町にある臨済宗系の単立寺院、山号は覚雄山
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利義満、開山(初代住持)は
春屋妙葩(しゅんおくみょうは)である
鹿王院は、足利義満が建立した宝幢寺という寺の塔頭(たっちゅう)であった
宝幢寺は応仁の乱で廃絶し、その後は開山の塔頭であった鹿王院のみが残って寺籍を継いでいる

室町時代の記録である『花営三代記』や、開山伝の『宝幢開山知覚普明国師行業実録』によると
宝幢寺の建立経緯は次のとおり、足利義満は康暦元年(1379)のある夜
「そなたは今年中に大患をわずらうが、宝幢菩薩を祀る伽藍を建立すれば寿命が延びるであろう」との
夢告を受けた、そのため、義満は自らの帰依する禅僧春屋妙葩(普明国師)を開山として
一寺を建立することとし、康暦2年(1380)完成した
当初の寺号を興聖寺といい、後に宝幢寺(詳名は大福田宝幢禅寺)に改称したという
鹿王院は、嘉慶元年(1387)、開山の春屋妙葩の寿塔(生前に造る墓)を守る塔頭として
創建されたものである(春屋の死去は翌嘉慶2年・1388)

アクセス 嵐電(京福電鉄)「鹿王院」駅下車 徒歩5分

本法寺


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光悦の名残り











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本阿弥家の菩提寺である、本法寺さん

こちらには、光悦作と云われる「巴の庭」があります

P.S

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+本法寺(ほんぽうじ)+

京都市上京区小川通寺之内上る本法寺前町617
上京区にある、日蓮宗の本山(由緒寺院)、山号は叡昌山、塔頭が三院ある
1436年(永享8年)日親が本阿弥清信の帰依を得て創建、当初は東洞院綾小路(現・京都市下京区)にあった
日親は1440年(永享12年)足利義教の怒りを買い投獄されたが、翌年赦免された
日親は1463年(寛正3年)にも投獄され、寺は破却されたが、翌1464年(寛正4年)赦免され
寺は三条万里小路(さんじょうまでのこうじ、現在の中京区三条柳馬場)に再建された
1536年(天文5年)本法寺は洛中の他の法華系寺院とともに天文法華の乱で焼失し、堺に避難した
1542年(天文11年)後奈良天皇は、法華宗帰洛の綸旨を下し、本法寺は一条堀川に再建された
1587年(天正15年)豊臣秀吉の命により、現在の地に移転している
1788年(天明8年)天明の大火により焼失したが、その後再建された

アクセス 京都市バス 「堀川寺の内」 下車 徒歩3分














妙蓮寺


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芙蓉に想ふ











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晩夏から、初秋

そして、しみじみと深い秋へ

花々が教えてくれる季節


P.S

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+妙蓮寺(みょうれんじ)+

京都市上京区寺之内通大宮東入妙蓮寺前町875
上京区にある、本門法華宗の大本山、山号は卯木山

立正大学の史料調査によって平安時代の一切経であることが明らかになった
約3,500巻の巻子本の写経が、38合の経箱に収められていた
松尾大社の一切経は、神主の秦氏一族によって発願され、社内の別当寺において書写されたもので
1138年(保延4年)頃に完成した

5,000巻余あったものと推測されていたが、この妙蓮寺蔵本が発見されるまでは
僅かに40余巻が現存するだけで、幻の経典であった
書写年代は12世紀であるが、一部に11世紀にさかのぼる見返し絵を持つ経典が混入しており
これは伝来の途上で失われた経巻を、由来の異なる他経で補ったものとされている
妙蓮寺に施入されたのは、1857年(安政4年)のことで、篤信者によって寄進されたものである

アクセス 京都市バス 「堀川寺の内」下車 徒歩3分

天授庵


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秋分











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心地よい風が、

今、肌を通り抜けました


+天授庵(てんじゅあん)+

京都市左京区南禅寺福地町
天授庵(てんじゅあん)は臨済宗南禅寺の塔頭である
暦応2年 (1339) に虎関師錬が南禅寺を開山した無関普門の塔所(墓所)として建立された
戦国時代には衰退したが,慶長7年 (1602) に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興された
書院南庭は、杉や楓が鬱蒼と茂る池泉回遊式庭園で、明治時代に改修されているが南北朝時代の面影を残す

アクセス 京都市バス「東天王町」下車 徒歩15分

光悦寺


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l'approccio











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approche











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참배 길











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ansatz











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entrance











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鷹峯にある、光悦寺さん











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今回は、中には入らず











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参道のみの撮影でしたが・・・・・











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侮るなかれ











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参道だけでも、なかなか良いオーラ出してます


+光悦寺(こうえつじ)+

京都市北区鷹峯光悦町29
北区鷹峯にある日蓮宗の寺院、山号は大虚山、親師法縁
鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)を望む景勝地である

江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615)に徳川家康がこの地を与えた
『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な土地であったという
この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった
光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある

アクセス 京都市バス 源光庵 下車 徒歩3分















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高兄

Author:高兄
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