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上賀茂神社(賀茂別雷神社)

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子供の頃から、わたしの遊び場でした。















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とは云え

公園じゃないので、走り回らないで下さいね^^;

世界遺産に名を連ねる、立派な社です



+賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)+

京都市北区上賀茂本山339
賀茂別雷神社は、北区にある神社である、上賀茂神社(かみがもじんじゃ)の通称で知られる
式内社、山城国一宮、二十二社の一社で、旧社格は官幣大社

賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに古代の賀茂氏の氏神を祀る神社であり、賀茂神社(賀茂社)と総称される
賀茂神社両社の祭事である葵祭で有名である
賀茂氏の祖神である賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)を祀る
「別雷」は「若雷」の意味で、若々しい力に満ちた雷(神鳴り)の神という意味である

創建については諸説ある
社伝では、神武天皇の御代に賀茂山の麓の御阿礼所に賀茂別雷命が降臨したと伝える

『山城国風土記』逸文では、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた
丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀茂別雷命で
兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝える
丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう
玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られている

国史では、文武天皇2年(698)3月21日、賀茂祭の日の騎射を禁じたという記事が初出で
他にも天平勝宝2年(750)に御戸代田一町が寄進されるなど、朝廷からの崇敬を受けてきたことがわかる

延暦13年(794)の平安遷都の後は王城鎮護の神社としてより一層の崇敬を受け
大同2年(807)には最高位である正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた
『延喜式神名帳』では名神大社に列し、名神祭・月次祭・相嘗祭・新嘗祭の各祭の幣帛に預ると記載されている
弘仁元年(810)以降約400年にわたって、伊勢神宮の斎宮にならった斎院が置かれ、皇女が斎王として奉仕した

アクセス 京都市バス 上賀茂神社(終点)下車 徒歩1分

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