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光悦寺

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鷹峯の山暦にある光悦寺















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此の地には

江戸時代、一大芸術村を築いた男が居た















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その男の名は


本阿弥光悦















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実に多種多様な人物たちに

影響を与えている















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「光悦翁、わたしは本当に、この道に生きて良いのですか?

 わたしには本当に、絵の才があるのでしょうか?」  俵屋宗達
















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「光悦殿、わたしは、数日後には吉岡と切り結ぶことになるでしょう

 その前に、この刀、あなたに診ていただきたい」  宮本武蔵















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「光悦、そなたの書は、まさに天下無双

 天下の重宝である」  徳川家三代将軍  徳川家光















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本阿弥光悦

日本のレオナルド・ダ・ビンチと呼ばれた男である





+光悦寺(こうえつじ)+

北区鷹峯にある日蓮宗の寺院、山号は大虚山、親師法縁
鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)を望む景勝地である

江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615)に徳川家康がこの地を与えた
『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な土地であったという
この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった
光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある

アクセス 京都市バス 源光庵 下車 徒歩3分















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