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地蔵院


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「とんちの一休さん」として、有名な人物

一休宗純(いっきゅうそうじゅん)

彼には、様々な逸話があります・・・・・











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晩年、病に臥せった宗純は、

ある晩、5人の弟子を枕元に呼び

こう、云いました











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「もし、自分が亡くなった後、自分たちで、どうしても解決出来ない難題があった時だけ

この箱を開けなさい」

そう云って、黒塗りの小さな木箱を弟子たちに渡しました











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それから、数ヶ月の後

その年の暮れに、宗純は亡くなります

しばらくは、平穏な日々が続きますが

2年が、過ぎた頃・・・・











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寺の周りでは、悪疫な流行り病が広がり

さらには、悪い事が重なり

火付けによる火事で、寺の本堂は全焼してしまいます











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宗純の弟子たちは、途方に暮れてしまいます

この先、いったいどうすれば良いのだろうか

その時、師である宗純に生前渡された、黒い木箱の事を思い出します











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幸い火事では焼けなかった庫裏(くり)の奥に

しまい込んでいた小さな木箱を、皆で開けてみようと云う事になりました

もう、それしか解決の道は無いと

箱を開けてみると、小さな2つ折の紙が1枚入っています












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その紙以外には、何も入っていません

紙を開けると、そこには宗純の自筆で

「大丈夫、何とかなる」











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弟子たちは、お互いの顔を見合わせ

一瞬の、沈黙の後に

大きな声を上げて、笑い出したと云います











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西京区にある地蔵院(じぞういん)は

宗純が、幼少の折

まだ、千菊丸(せんぎくまる)と呼ばれていた頃に、修行していた御寺です


P.S

blog「きょうと京都」は、次回で終了いたします



+地蔵院(じぞういん)+

京都市西京区山田北ノ町23
西京区にある臨済宗の寺院、山号は衣笠山、本尊は地蔵菩薩 
周囲を竹林で囲まれていることから竹の寺の通称で知られている
一休宗純は幼少時、この寺で修行したと伝えられる
応安元年(1368)、室町幕府管領を務めた武将細川頼之によって創建された
頼之は碧潭周皎(へきたんしゅうこう)に帰依して出家した
当寺の実質的な開山は碧潭周皎であるが、碧潭は法兄である夢窓疎石を勧請開山としている

南北朝時代には勅願寺となって寺運も興隆したが、応仁の乱の兵火により伽藍を焼失し寺運も衰えた
江戸時代中期に中興され、江戸期には天龍寺に属した
昭和43年に独立して単立寺院となった
アクセス 阪急嵐山線「上桂」駅下車 徒歩15分





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